前回の[和もの部屋]は、[旧の鬘]でした。
今回は現在、舞踊や芝居の舞台で主流となっている[網の鬘]についてご案内いたしましょう。
前項で御案内いたしましたように、ほぼ江戸時代には確立されていたという、旧の羽二重のかつらは、明治、大正、昭和初期まで、[新派]の舞台にも使用されて来ました。ところが、歌舞伎[旧劇]に対して、より自然な日常を表現したいという役者の工夫から、生え際の改良が始まったようです。
よく花嫁さんの鬘や、古い新派の写真等に見られる[焼き出し]という鬘は、生え際の不自然さを隠すために、顔周りの鬢、前髪の毛を額やほっぺたが隠れる程グッと前に張り出させて結い上げました。当時としては一歩前進と思われたこの[焼き出し]も、[粋]を表現するには限界がありました。どうしてもモッサリとせり出した鬢の毛が美しさの妨げとなる事に気付き始めたのです。そこで新派の名女形[河合武雄]らが開発を推し進めたのが[網の鬘]や[付け睫毛]です。
[網の鬘]はセルロイド製の網に、人毛を一本づつ植えたものでした。
この[網の鬘]のは、その後も改良が重ねられ、新派の芝居造りに欠かせない程の視覚的効果を生んだと云われています。舞踊の世界でも同様に表現の幅が広がりました。特に日本舞踊の世界では、歌舞伎舞踊の古典は[旧の鬘]。明治以降に造られた作品や、座敷舞や花柳界からの流れを引く分野の地唄舞等には[網の鬘]が用いられています。
[網の鬘]の命は、何と言っても[自然に見える生え際]です。逆に云えば、[不自然なほど美しい生え際]ともいえるでしょうか…。こんなに綺麗な、左右対称の美しい富士額。ありえませんね!
舞踊の役創りには、[なりきる]事が不可欠。美しい生え際は美の世界へ我々を連れて行ってくれる切符のようなものです。
その後、きれいに毛の手植えされたセルロイドの網を特殊な薬液に浸ける事により、網の強度を増したり、網に植えられた毛の根元をきちんと立たせる技術等が進歩。職人さん達の執念と先人の工夫で現在の精緻な[網の鬘]が出来あがったのです。
毛の色も、従来の真っ黒ではなく、より自然色の毛も工夫されて、より磨きが掛った鬘が造られています。
あまり、鬢付け油を廻さずに仕上げる[洗い髪]等、かつら職人と床山の腕の見せ所が結集して実現する美しい鬘。胡蝶もこの[網の鬘]への憧れと拘りから抜け出せずに今日まで来てしまいました。
特に、[洋髪]の[夜会巻き]や[シニョン]等には薄い網を使用して、生え際も繊細に植えてもらいます。
その役々によって、網の厚さも、生え際の植え方も違うのです。
舞踊の表現を追求していく上で欠かすことの出来ない鬘は、[旧の鬘][網の鬘]と共に今後も進化し続けて行きます。
2011年6月26日